2016年 1月行報告

皆様

先日、第37回GGP全体集会では、3つの自覚について改めて深く学びました。
とりわけ、「愚かさの自覚」は行を深める者には無くてはならぬ自覚であると想っています。

皆様はいかがですか!

・ターミナルで高い役割を持たされているから、他の方々より愚かではない。
・社会的に名声があり、資産もあり幸せであるから、他の人より愚かではない。
・沢山の方々を入会に誘えたから、他の人達より愚かではない。
・家庭、友人関係を光転に導けたから、他の人より愚かではない。
・先生、講師さんから関わりを頂いたから、他の人より愚かではない。
・止観シートを数千枚書いて少しは自己変革できているから、他の人達より愚かではない。

などなど、私たちには心のどこかで、自らを密かに正当化する想いが働いてしまう愚かさがあります。
その自己正当化が、「止観シート行」を自らに課行する切実感を虫食んでしまう現実があります。

私たちの愚かさとは、いかなる愚かさか!
それは、他との比較ではない絶対的とも言える愚かさ!

究極的な人間の在り方から言えば、大きく脱落してしまっている現代の私たち。

「真我への祈り」から参照しますと、やすやすと煩悩に支配され、理解力、洞察力、意志力、そして、光も愛も欠落してしまっている現状!

先生のご説明により、改めて自らの、「絶対的な愚かさ」を自覚しなければと、強く想わされました。

以下、行報告をいたします。

 

2016年
1月行報告、№ 66

 

★ 止観シート     44枚
  ウイズダム      0枚

★ 祈り黙想禅定   22日
  合計時間    11時間20分
一日30分以上
今月は9日抜けました。

★ 霊的読書
G誌の先生のご文章、巻頭言、時の羅針盤、「魂の学」序説を熟読しています。
7ヵ月かけて7回読んでいます。
今月は7回読めました。

★ 真我を解放する行
「被害者」を超えるための行から、
内省の行   (2ヶ月目です)
献身の行   (2ヶ月目です)

書写行        0枚
映像反芻       0回
(映像反芻を補うために京都会館ビデオ会には毎回出席しています)

以上です。

 

     Olga  Jegunova  さん  リトアニア生まれ、ロンドン在住のピアニスト

コメント

その1
先月、2015年12月行報告で、止観シート行で「祈りのみち」に向かう前に、シートの余白に5つのチェックポイントを朱色で書き入れていると申しました。

その後、一部を追加しました。

それは、2の「神・先生のまなざしを生きます」と宣言した後、その「まなざし」として九つの神理の言葉を書き刻印していましたが、「本心」を加え今は十個になりました。
この十個のお言葉を毎回刻印し、潜在意識に浸透させ、普段から自らの在り方を問い、少しでも自然に修正していきたいと願うところです。

次にこれは、チェックポイントではありませんが、煩悩回路、その波動に加え、先月紹介しました、GLA関芳郎 理事長から頂いた12の菩提心の「キーワード・命の言葉」を対(つい)にして書き、煩悩回路の波動の消滅に向かっています。
以下のようになります。

歪曲の回路の波動、イケイケドンドン
稲穂の心、おのずからなる感謝

優位の回路の波動、ツンツン
観音の心、同苦同悲のまなざしを抱く

欲得の回路の波動、ギラギラ
月の心、ひそやかに

拒絶の回路の波動、固い
空の心、超え出る

批判の回路の波動、冷たい
海の心、全体は一つ、違いによって見えなくなっているつながり

不満の回路の波動、荒い
川の心、あるがままに受けとめる

恐怖の回路の波動、弱い
山の心、重心、何を大切にするのか、何を守るのか

否定の回路の波動、重い
大地の心、親の心、尽きる事のない想い

卑屈の回路の波動、暗い
太陽の心、与える喜び

満足の回路の波動、緩い
火の心、限りを尽くして

鈍感の回路の波動、甘い
泉の心、道なき道

依存の回路の波動、軽い
風の心、さっそうと、本心を求めて

例えば、批判の回路の波動は「冷たい」ですが、関さんの「全体は一つ、違いによって見えなくなっているつながり」と書くだけで、心に温かいものが流れ入るのを感じます。

また、優位になって、ツンツンしていても、同じ苦しみ悲しみを背負っている自分を知れば、もうツンツンとはしておれませんよね!

先月の行報告には書きませんでしたが、止観シートには最後に必ず、唱えたお祈りの名前も書き入れています。

その2

自らの心が煩悩に支配されているときは、相手を排除しょう、分離しょうという想いが自然に働いてしまいます。
または、自ら逃げ出そうしてしまいます。

一方、先生の説かれる神理・菩提心は、統合、深い絆、全体は一つ、の意志に貫かれていると感じますが、皆様いかが感じられますか!

煩悩と菩提心の意志は真逆です。
いかに智慧を尽くした正論でも、排除、分離に傾いておれば、それは煩悩そのものです。

皆様ご承知のとうり、菩提心の世界には、快苦、好悪、善悪、利害、美醜さえも超えた広大ないのちの世界が広がっているのでしょう。
それに比して、自らの心の小ささは、「針の穴の如く」です。

絶えず、快苦にとらわれ、好悪にとらわれ、善悪にとらわれ、利害にとらわれ、自らの待遇にとらわれ、人さまの煩悩、未熟にとらわれて、バランスを失っている小さな自分です。
その状態を先生は、「迷いの森にさまよい込んでいる」と、「新・祈りのみち」の中で申されていますね。

「愚かさの自覚」が少しづつ大きくなって迫って来る日々です。
この何百何千もある、とらわれ、こだわりを一つ一つ止観シート行で自覚し解消していきたいです。
それは、10年、20年、30年、来世,来々世・・・・と果てしなく続く行に違いありません。

その3

さて、昨年の「一日止観シート研修」で頂いたテキストには、次の記載があります。
39ページ最後の行から40ページにかけてです。

「前略・・・・・「これだけが頼り」と、とにかく懸命にMさんが書かれた「止観シート」は、数年の間に一四〇〇枚以上に及びました。
大切なことは、「止観シート」の取り組みはすぐに効果や変化が出るというものではないということです。
効果目当てでなく、ただひたすらに心を見つめ、「祈りのみち」を手がかりにその心の奥にある想いを辿る・・・・・。後略」と、あります。

この個所は、苦衰退であったMさんが止観シートに取り組まれる歩みの中で、大きな人生の転換を経験されたという記述の中にあります。
ただし、暴流系の私たちにも大変な励みになるお言葉です。

この研修のテキストをお持ちでない方々に明報があります。
このテキストは、GLA誌2005年7月号、8月号、9月号に先生がご執筆くださった「人天経綸図解義15-17 止観体得 1-3」から転載されています。
再読はお勧めです!

自分革命を願われる方々には、欠かすことのできない内容です。
私も、これからも何度も熟読することになります。
凄い内容であり、自分革命へのいのちが記されています。

先日、止観シート行を一カ月30枚レベルで、行じることが出来るようになったとおっしゃる方とお話しできました。
花火線香的には出来ても、これまでの習慣を変え、コンスタントに止観シート行を軌道に乗せられる方々は、ターミナルではまだまだ少数派です。

私も、長年(15年間)、花火線香的な行で何度も途切れていました。
しかし、花火線香的な行も無駄ではなかったのですね。
後悔と共に、「何とかしょう」と想いますから!

これからも工夫を重ね、止観シート行を続けます。

その 4
1月の止観シート行は

書かなかった日     9日
一枚書いた日     11日
二枚書いた日      4日
三枚書いた日      5日
四枚書いた日      1日
六枚書いた日      1日
合計44枚でした。

お読みいただき、ありがとうございました。

2016年2月17日

GLA  一会員

2015年11月行報告

皆様

はや、師走も15日となり、今年も過ぎ去ろうとしています。
今年も、快苦さまざまな出会いがありました。

「カオス」の学びと共に、快苦を超えて少しづつ実相を観る心を育んでいただいているように想っています。

皆様におかれましては、いかがな年でしたか!

以下、行報告を致します。

2015年
11月行報告、№ 64

 止観シート      36枚
         ウイズダム       0枚

 祈り黙想禅定     24日
合計時間       12時間10分
一日30分以上
今月は6日抜けました。

 霊的読書
〇 G誌の先生のご文章中心です。巻頭言、時の羅針盤、「魂の学」序説を月に一度、7ヵ月かけて7回読んでいます。
今月は、7回読めました。
〇 他に、ご著書から2度、霊的読書をしました。

★ 真我を解放する行
「自信家」を超えるための行から
譲与の行     (3ヶ月目)です。
「被害者」を超えるための行から
和顔愛語の行   (3ヶ月目)です。

書写行     0回
映像反芻    1回
(映像反芻を補うために京都会館ビデオ会には毎回出席しています)

以上です。

バッハ作曲 シャコンヌ  Valentina Lisitsa

コメント

その1 
 止観シート行 3,000枚こえました。

1995年に止観シート行が始まってから、先月、11月でやっと3000枚を超えました。
この5年に集中したとは言え、20年もかかりました。

これまでの止観シート行3000枚後智慧してみると、下記に述べます2つの傾向に対して、集中して枚数も多く、自らが混乱し、快苦の激震におぼれて心の安らぎを失うことになっていました。

その2つの傾向、事態とは以下のとうりです。
1 相手さまの未熟・煩悩を問題視している。
2 自らの待遇を問題視している。

この2つ事態に出会い、我を忘れていると、強烈に自己正当化が働き、一番大切な自分の内に向かう「まなざし」が消滅してしまいます。
それで、相手の煩悩に対応するための「葛藤となってしまい、それは相手の煩悩と自分の煩悩の底なしの「葛藤」となってしまいます。

これは言葉として発しなくても、想っているだけで、底なしの「葛藤」となり、心の安らぎが失われてしまうのは皆様ご存知のとうりです。

例え、大声で怒鳴ったり、わめき散ちらして、又は立場や役割に威厳を付けて、「正論」で相手を従わせたとしても、闇に向かうだけです。
決して闇から浮かび上がることはありません。何十年たっても、何百年たっても、自らが光に転換しない限りその場に闇は続きます。

これは、自分の煩悩と自分の内なる善我との「葛藤」、すなわち先生の言われる、光へと向かう悟りの9段階の第2段階である「偽我・善我葛藤」とはまったくの別のものです。

この先、簡単にこの二つの事態にはまらないように、巻き込まれないように文章化して、この秋から、これからの「2つの先智慧」としています。

その 2 先智慧 
「相手さまの未熟、煩悩を問わず」

これまで、GLAの場、その他の場で、相手さまの未熟、煩悩の受発色を心の中で、問題視し、あれこれ詮索(せんさく)していることが非常に多かったのです。

その煩悩回路としては、不満とか批判とか拒絶、またあるときは、そんな相手さまを見下げて歪曲、優位、欲得になっています。
この事態を自覚するたびに浄化、転換への止観シートを書きますから、この傾向を浄化する枚数は大変な枚数となっていました。

これは、口に出せば、愛のない正論にすぎません。
これは闇ですから、相手さまに伝われば、相手さまが悟りの9段階の第4段階目である「善我確立」を超えておられない限り、相手さまからは煩悩の受発色が帰ってくることになり、更に不快な想いをすることになります。
これは「光の内外エネルギー交流」ではなく「闇の内外エネルギー交流」ですから当然の帰着です。

このパターンは人生で膨大な数の受発色となり、入会以来の40年を振り返っても物凄い無益のエネルギーの浪費となっています。
これでは、神さまからエネルギーを頂いていても疲れ果ててしまいます。

自分の受発色を止観シート化すれば、些細なことでも煩悩まみれでであることは明白です。

これは止観シート行を深めておられる皆様にも明快な事実でしょう。

その私が、人さまの未熟、煩悩をあれこれ申し上げられる訳がありませんよね!
意味もありません。

G誌10月号、「実践論Ⅳ」一章にある、「他人のせい」は「原因」を手放す生き方、を生きているだけです。
「魂の学」を学んでいる意味もなく、三章にある、事態の主導権を取り戻す生き方、などは夢のまた夢となります。

相手さまが如何に未熟で煩悩深くとも、あるがままは「カオス」であり、未来の光の存在であると納得して、「相手さまの未熟、煩悩を問わず」を先智慧としました。

この先智慧、まだ身についている訳ではありませんが、凄く心が平和になり安らいでいることが多くなりました。

その 3 先智慧
「自らの待遇を問わず」

何十年も前に、先生が「私たちは自らの待遇に凄く敏感ですよね!」とおっしゃっていました。
この「待遇」とは物質的なものも精神的なものも含みます。

私たちは自らの待遇に凄くこだわり、一喜一憂して心が安らぐことはありません。
友人達との些細な会話の中での自分の評価、またターミナル内での自分の評価など・・・・・。

時には、先生にかかわって頂いたかどうかとか・・・・・、伝研生になったとか、伝研生になれなかったとか・・・・。

皆様この「待遇」問題をいかが観察されていますか!
広く見れば、世間の見る目。
狭く見れば、1対1の相手の見る目。

・上から目線で見られてはいないか。苦!
・さげすまされているのではないかとか。苦!
・良く想われているのではないかとか。快!
無自覚でも敏感に快苦の振動を心に起こし、安らぎを失っています。

この待遇の良し悪しは、自らの存在をも左右すると、誤解して感じていますから、一大事であり、ターミナルの中でも深刻な影響を及ぼしています。

私も、周りからの待遇が良ければ有頂天、悪ければ深刻に自己否定・沈鬱と落ち込み、何枚もの止観シートで浄化・転換する破目になりました。

「待遇」は、無自覚であっても常にまわりからのまなざしに「依存」している現実を意味していますよね!。
* 周りのまなざしは、無条件に怖い!こともあり。苦!
* 周りのまなざしは、名声(快)を貪るには絶好の舞台!のときもあります。快!

皆様ご存知のとうり、私たちは、周りのまなざしによって生かされている訳ではありませんよね。
神様により絶対的に、永遠に生かされていますよね。

これを深く自覚するには自己確立への行と時が必要ですが、他方、無自覚に周りのまなざしに「依存」している私を、その「依存」からハズシテいくことはできます。

自分の待遇を問題視するが故に巻き込まれる悲劇。

ここから自由になるために、「自らの待遇を問わず」を第二の先智慧としました。

これを実践するには少々の勇気が必要です。
これまでの人生で、良い評価を得ようと生きてきた価値観の逆を生きることになりますから。

自らへの快苦の評価を問わず、ただひたすらに本心、真我(魂)の生き方を求める。
そのようにありたいと想っています。

今も、日常で、「あれ!」と想うことがあり、気が付けば無自覚に自らの待遇を問題視していることがあります。
すぐ、「自らの待遇を問わず」を想い出しますから大事には至らず、「川の心」の如く流せます。

これら二つの先智慧、日常的に絶えず唱え、潜在意識へ刻印しています。
しかし、今のままの煩悩の私では、独りよがりの指針になりかねません。
それを避けるためにも、「祈りのみち」にそった、止観シート行が不可欠です。
まだ、しっかりと常に「本心」を実感できている訳ではありませんから!

皆様におかれましても、今年の後智慧から来年への先智慧を模索されているに違いありません。

今年も、私の行報告にご同伴いただき、有り難うございました。
新たな年も、「魂の学」のみちを、共に歩めますことを感謝しています。

ありがとうございました!

2015年、師走 15日

GLA   一会員

2016年 8月行報告

皆様

爽やかな秋となりました。

お元気でいらっしゃいますか!

先日、この行報告を長らくお読み下っている方から、高橋佳子先生のご著書「千年の風」の中に深い感動の詩があると、数編紹介していただきました。
ありがとうございました。

その中に、私には衝撃の一編がありました。

皆様! 先生から私たちは「本心」という言葉を学んできました。
もし、私たちが「本心」にたどり着いたら、いかなる実感を感じるのでしょうか!

紹介させて頂きますよね。

高橋佳子先生のご著書、「千年の風」94ページです。

+++++++++++

本当の声

楽しいからといって

悲しみがないとは限らない

苦しいからといって

喜びがないとは限らない

いくつもの仮面の下に

隠れている本当の顔

いろいろな言葉の下に

潜んでいる本当の声

本心を探し当てること

至福の道はそこから始まる

 

創世 1995 3−4

+++++++++++

 

皆様、いかがですか!

私は、そうだったのか! と深く納得です。

快苦を超えて、至福に至るために「行」をしているのですね!

皆様、よろしく、ご同伴をお願いいたします。

ありがとうございました。

 

          André Previn/London Symphony Orchestra

以下、行報告をいたします。

2016年
8月行報告、No.73

★ 止観シート   33枚
  ウイズダム    0枚

★ 祈り黙想禅定  31日
  合計時間   16時間5分
1日30分以上
今月は抜けた日はありません。

★ 霊的読書
G誌の先生のご文章すべて、巻頭言、時の羅針盤、「魂の学」序説を熟読しています。
7ヶ月かけて7回読んでいます。
今月は7回読めました。

★ 真我を解放する行の実践
 「卑下者」を超えるための行から、
 
持続の行  (3ヶ月目です)
止悪の行  (3ヶ月目です)

書写行     0回
映像反芻    1回
(魂の学ビデオ会に参加しました)

以上です。

 

コメント

その 1         「リソース」についてです。

皆様ご存知のとうり、このお言葉はG誌2016年年8月号「実践哲学Ⅴ」に2度出てきます。
先生がさりげなく述べておられるこの神理、深く納得しました。

止観シートで「出来事」を探すとき、身近な「自らの外側にあるもの」から何でも頂いてこれまでやってきました。
そして、まだ不十分だとはいえ、自己変革に向かってやってきました。感謝です!
これがなければ、成長できない訳です。

この先生のご説明で、「私たちの外側にあるもの」は、成長の糧であり、リソースである。と深く理解し納得しました。

たとえ、それが人災、天災、過緊張を強いられること、恐怖を覚えること、のほほんと緩んでしまいそうになること、思わず上目目線の受発色が噴出してしまうこと、恨んでしまいそうになること、敵対する人、あの人は出来てない人と蔑んでいること、などなどでも、
止観シート行ではすべては自己変革への糧ですから、「私たちの外側にあるもの」は宝の山です。
まさにリソースです。

その 2          新しい3つの「ち」のこと。

近畿そして中京でのご講義で、

新しい3つの「ち」を取り込んで、新しいユニットを創ること。
未来創造のユニットを組み換えること。

を申されました。

旧来の古い3つの「ち」は、今も私たちの心に無自覚にもしかっりと存在しています。
それ故、自覚するのも困難な状態です!

ご講義では、その無自覚を脱して、新しい三つの「ち」を取り込んで、「未来創造のユニット」に組み替えることを促してくださいました。

新しい3つの「ち」の例として、

〇人のセイ、リストを作らない。
〇相手を変えるのではなく自分を変えること。
〇因縁側に立つこと。

などなどを挙げてくださいました。
これらは、神・先生のまなざしに違いありません。

考えてみれば、これまで学んできた神理はすべて、新しい3つの「ち」であったのですね!

・カオスのまなざし

・リソースのまなざし

・内外エネルギー交流

・すべては必然である

・因縁果報

・12の菩提心

・内を見つめ、内と外をつなぐ

・すべては条件

・人生には3つの使命がある

・本心・真我・魂が存在する

・物事の原因は私である

・物事の主導権は私にある

・煩悩地図

・悟りの九段階

・色心束

などなど

これらのキーワードを深めて、日々の止観シート転換のとき、心に刻印することを務めて、光の「未来創造のユニット」に組み替えていきたいです。

その 3
8月の止観シート行の内訳は以下のとうりです。

書かなかった日   10日
一枚書いた日    14日
二枚書いた日     3日
三枚書いた日     3日
四枚書いた日     1日
合計33枚でした。

お読みいただき、ありがとうございました。

2016年9月21日

GLA  一会員