2016年 9月行報告

皆様

今日は、先生ご生誕の日!

抜けるような、素晴らしい秋の青空が広がっています。

お元気でいらっしゃいますか!

もう昔のこととなりましたが、その当時、GLAの京都にはエリアが3つあり、各自が自由意思で所属するエリアを決めることができる時代がありました。

私は、伏見の「京都桃山ターミナル」に所属していました。

或る夜、丹波橋駅の近くにある「呉竹会館」で、20名ほどのメンバーと集会を持っていると、突然、ニコニコしてGLA谷口健彦講師が入ってこられました。 

・・・・・この続きはコメントで述べます。

その時、講師は私たち求道者に無くてはならない大変重要な事柄を、暗に漏らされたのです。

以下、行報告をいたします。

2016年 9月行報告、No. 74

★ 止観シート行  30枚
  ウイズダム    0枚

★ 祈り黙想禅定  29日
合計時間   14時間45分
1日30分以上
今月は1日抜けました。

★ 霊的読書 G誌の先生のご文章すべて、巻頭言、時の羅針盤、「魂の学」序説を熟読しています。 7ヶ月かけて7回読んでいます。 今月は7回読めました。

★ 真我を解放する行の実践 「卑下者」を超えるための行から、

挑戦の行  (1ヶ月目です)
喚起の行  (1ヶ月目です)

書写行    0回
映像反芻   0回

以上です。

   Olga  Jegunova  さん リトアニア生まれ、ロンドン在住のピアニスト

 

コメント

その 1 「G.」誌2016年、10月号67ページの写真、久光講師の横に立っておられる女性のこと。

皆様、良くご存知でしたか!

写真説明では、今年の第24回参議院議員選挙で初当選した石井苗子氏、とあります。

私は、それ以上のことが判らないので、インターネットで検索し、以下の情報を知ることができました。

石井苗子さんプロフィール

日本維新の会所属の参議院議員(比例区) 女優、看護師、保健師、ヘルスケアーカウンセラー

東京大学医学部客員研究員 聖路加国際大学客員研究員 看護学博士

1954年生まれ

出身地 東京都台東区浅草

趣味  俳句、料理、ピアノ、剣道(3段)

高校卒業後単身渡米、ワシントン州立大学で学ぶ。 帰国後、上智大学に編入。 卒業後、水産庁外郭団体に在籍し、日米漁業交渉団の同時通訳として働く。

1988年以降、TBS系、テレ朝系などで初代キャスターとしてマスコミデビュー。 同時に数々の映画、テレビ、舞台にて活躍。

大きい写真で見ると、私も良く知っている女優さんでした。 きっと皆さまも良くご存知だと思います。

1997年、聖路加看護大学に学士入学し看護学を専攻。 2002年卒業後、東京大学大学院に進学、2007年博士課程を修了。

この、1997年とは石井さんが43歳であった訳です。 43歳で看護師を志すとは、私たちの常識では考えられません!

人生の途中から看護師への道に入られたのは、妹さんが難病で、その看護に当たるためもっと深い知識と体験を得るためであったそうです。 妹さんはその後、がんを併発され他界されたそうです。

先日、私の知人が、石井苗子さんが妹さんの看病されていた頃の様子を語られるドキュメントが、最近テレビで放映されていたのを見たと言っていました。

なほ、著書は13冊以上あり、ダイヤモンド社、ベースボールマガジン社、講談社、幻冬舎、実業之日本社、PHP研究所、角川書店などから出版されています。 中には翻訳された本が3冊含まれています。

また、9月19日には参議院本会議場で党を代表して代表質問をされていました。

例え米国に留学しても、日本の大学の英文科を卒業しても、同時通訳者のレベルに達し得るのは稀であり至難のことです。

凄い努力家であることに、感服しました。 先生のおっしゃる、魂の力発揮されている方と想っています。 なほ、いつGLAに入会されたかは知りません。

自民党、民進党、日本維新の会などの幹部にGLA会員が在籍されていることになります。

しかし今なほ、各党派間には大きな違いがあり、お互いに責め合い批判しあっている状態です。

やがて、神理が体得され、魂の共通部分が認識されてくれば、神理に根差した超党派の神理の意識が浮上してくるに違いありません。

そうなれば、畏敬と信頼に満ちた国政が執り行われる日々が近づくことになります。

これは、政治家さんだけのお話ではなく、私たちもまた、煩悩の日々から抜け出して全力で光に向かわねば! と思うばかりです。

 

その 2         
 谷口健彦講師の
・・・・・・冒頭の続きです。

ニコニコして入って来られた講師は、和気あいあいとした雰囲気の中、次のような趣旨の発言をされました。

「皆さん、本当に愛に生きたいですね!」

あまりにも当然の発言でしたが、私たちはそのために求道しているのですから、もろ手を挙げて賛同です! しばらくやり取りがあって、次の趣旨の発言をされました。

「私たちは、本当に愛に生きたいと思っても、生きることができませんね!」と、

これも又、ニコニコして発言されました。

私たちは、愛に生きることの難しさを知り始めつつありましたから、これにももろ手を挙げて賛同です!

しばらくやり取りがあって、ニコニコして去って行かれました。

その当時、佳子先生が立たれて、もう20年近くなり、愛を生きることを願いとして学び生きているのに、何の説明もなく「愛を生きることができませんね!」とは、何たる発言! と後で気が付きました。(笑い)

これでは、谷口講師さんが何を言いたかったか判りません。

皆様、谷口講師のこの発言の意味するところ推測できますか?

それからしばらくして、GGPが始まり、止観シート行、煩悩地図が降ろされ、私たちは、煩悩回路から善我回路への変革の道を学び、止観シート行を通して変革へと実践を始めることとなりました。

この当時、「新・祈りのみち」はまだ発刊されていませんでした。 これ以前の、「祈りのみち」の時代には煩悩地図はまだ降ろされていません。

先生は、神理の大切な事柄を降ろされるときは、必ず前もって講師の皆さまに降ろされると聞いています。

そうです皆様、谷口講師がニコニコされていたのは、もう既に煩悩地図や止観シートを学び、変革への確信を得られていたからです!

その当時、谷口講師は近畿本部本部長を兼務され大阪に常駐されていました。

もう20年以上も前に、煩悩地図や止観シート行なしには、私たちが本当に愛に生きるには、大変な困難が伴うことを、先生から学んで講師さん方も知っておられたのです。

新著、「運命の逆転」、第3章心の鏡」の法則には、私たちの心の歪の恐ろしさが述べられています。 「心の鏡」を磨かずして、自らを本来のあるべき人生に戻すことは不可能です。

放置すれば、煩悩まみれのまま、なるようになるだけです。

今から10数年ほど前に、既にGLA  関芳郎  理事長がその時点で止観シートを3000枚書いていると述べられたのは、それを物語っています。

先輩を倣って歩みます。

 

その 3  
9月の止観シート行の 内訳は以下のとうりです。

書かなかった日  10日
一枚書いた日   13日
二枚書いた日    4日
三日書いた日    3日
合計30枚でした。

お読みいただき、ありがとうございました。

2016年10月24日

先生ご生誕の日

GLA  一会員